関東地方には、多くの著名な日本画家の作品を所蔵している美術館があり、古今の日本画が豊富に展示されています。
今回は、関東地方の北部3県(群馬、栃木、茨城)のおすすめの美術館をいくつかピックアップし、それぞれの特色に注目して、あなたの旅を計画する手助けをします。
日本画の精緻なディテールと繊細な色使いを近くで感じることで、日本の美術とその深い歴史に触れることができるでしょう。
群馬県立近代美術館
群馬県立近代美術館は、群馬県高崎市の県立公園・群馬の森内にある美術館です。
建物は、磯崎 新による設計、ロゴタイプのデザインは、グラフィックデザイナー・田中一光によってデザインされました。
美術コレクション
群馬県立近代美術館には、群馬県ゆかりの作家をはじめ、2,700点以上(2022年3月現在)の美術コレクションがあります。
戸方庵井上コレクション
群馬県高崎市出身の実業家・井上房一郎氏が、国の重要文化財を含む約200点もの古美術品を、美術館創立時に寄贈されました。
井上氏の号である「戸方庵(こほうあん)」にちなんで名づけられました。
創立後も寄贈は続けられ、この作品群は、現在約230点にのぼります。
作品紹介
《柳橋水車図屏風》長谷川宗宅
戸方庵井上コレクション
長谷川宗宅は、長谷川派の祖である長谷川等伯(1539-1610)の次男で、詳しい伝記については不明です。
- 長谷川派
-
- 桃山から江戸中期にかけて京で活動した漢画の一派
- 大胆な意匠、豪華な装飾性を兼ね備えた作風
- 近年では、室町から桃山時代にかけて、定型化された画題の担い手としても注目されています。
輪郭をとらないで霞むように描かれる金雲や、草木の繊細な表現に宗宅独自のものがあります。
柳の木々が風になびく情景と、水を汲むための水車、蛇籠がある風景が描かれています。
背景に大きく描かれているのは、京の「宇治橋」とされています。
宇治橋は、「浄土の地」とみなされた平等院へわたる橋として、京の人々には特に貴ばれました。
群馬県立近代美術館 HPより
この橋は、平安時代より絵巻などに描き継がれています。
また、古来の歌の名所です。
「柳橋水車図」には、描かれた橋を通して、その背景にある文学を楽しむ構造が隠されています。
画面には、落ち着いた色合いで、水辺の静けさと、そこでの人々の日常生活の一コマが描かれています。
柳の枝が優雅に垂れる様子と、水車の力強い存在感が対比され、日本の自然と人の営みが調和した美しい一幕を表現しています。
描かれたものの背景に隠れた文学を楽しむとは面白いですね。
大胆な構図でありながら、繊細に描かれている柳や水車に目が奪われます。
江戸時代初期の画家によるこの作品は、日本画の古典的な美を今に伝える貴重な遺産であると言えるでしょう。
アクセス
住 所:〒370-1293 群馬県高崎市綿貫町992−1 群馬の森公園内
利用案内
開館時間
午前9時30分~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日
月曜日(月曜日が祝日の場合は開館し、翌平日休館)
年末年始 ※年によって変更になる場合があります。詳しくはお問合せください。
展示替え期間
※詳しい休館日は、トップページまたは 開催中~開催予定の展示をご覧ください。
※なお、県展開催期間は、月曜日でも県展のみ開催しております。
観覧料
特別展
*特別展・特別陳列などの料金は別途定めます。
*特別展併設時は特別展観覧料にてコレクション展もご覧いただけます。
※詳細はHPをご確認下さい。
栃木県立美術館
栃木県立美術館は、栃木県にゆかりのある作家や作品を中心に展示している美術館です。
建築は、川崎清氏の設計によるものです。
日本における公立の近現代美術館の先駆けとして、1972年に開館しました。
美術コレクション
栃木県ゆかりの美術を中心に、日本と世界の美術を収集・展示されています。
作品紹介
《阿弥陀》 荒井寛方
左 幅 | 中 幅 | 右 幅 |
竪 箜篌(くご)や笛など楽器を奏でる楽団 蓮華の花弁のカゴを持つ菩薩 膝まづいているのは、死者の魂を乗せる蓮華の台を捧げた観音菩薩と、合掌をする勢至菩薩 | 阿弥陀如来の背後には、華やかで神聖な輪光(光背)が描かれており、極楽浄土の輝かしい光を表しています。 指で輪を作る『来迎印』を結んでいる阿弥陀如来が、慈悲深い表情で蓮華座に静かに座っております。 | 蓮華の花弁のカゴを持つ菩薩 合掌をする菩薩 笙や琵琶など楽器を奏でる楽団 |
この三幅の屏風絵は、中央に大きく描かれた阿弥陀如来を中心に構成されており、仏教美術の特徴を色濃く反映しています。
この作品は、阿弥陀如来が死者を迎えに来る『来迎』の場面を描いたものです。
これは、死後に迎えられる人々に対する温かい歓迎と、極楽への導きを示唆しています。
- 彼らは、楽器を奏でながら、死者の魂を極楽へと誘います。
- 彼らの神聖で優雅な姿や楽器の音色は、極楽への道程が喜びと調和に満ちたものであることを表しており、死者の魂を安心させ、導く役割を果たしています。
- 音楽と踊りは、仏教の教えにおける喜びの表現であり、来迎において重要な役割を担います。
《画家について》
荒井寛方は、仏画で名高い日本画家です。
荒井寛方のこの作品は、インドを強く意識して描かれています。
阿弥陀如来の肌を褐色にし、両肩を覆う薄い衣を西域風に着せ、菩薩達には古(いにしえ)のインドの貴族のような服装にしています。
栃木県立美術館 HPより
- 彼らの服装や楽器は、細部に至るまで精密に描かれており、画家の繊細な技術を見ることができます。
- また、空中を飛ぶ姿や楽器を持つ手の動きなど、動きのある表現が、この絵に生命感を与えています。
深い宗教的意味を持ちながらも、視覚的にも極めて美しく、詳細な描写によって、極楽世界の平和と喜びが感じられるように作られています。
生と死、そしてその先の世界への希望を象徴する作品として、観る者に感動を与えることでしょう。
優しくて柔らかい雰囲気に心奪われました。
アクセス
住 所:〒320-0043 栃木県宇都宮市桜4丁目2−7
利用案内
開館時間
午前9時30分 - 午後5時(入館は4時30分まで)
休館日
月曜日(祝日、振替休日、県民の日は開館して翌日休館)
展示替期間
年末年始
詳しくは[ カレンダー ]をご覧ください。
観覧料
料金は展覧会ごとに異なります。
※詳細はHPをご確認下さい。
茨城県近代美術館
茨城県近代美術館は、茨城県出身や在住の作家や国内の近現代美術作品を中心に展示している美術館です。
茨城県近代美術館は、偕楽園から続く緑豊かな千波湖畔にある美術館です。
美術コレクション
茨城県近代美術館は、横山大観、下村観山、菱田春草、木村武山ら「五浦(いづら)の作家」や、牛久沼のほとりに住み自然とともに生きる人々や動物たちを描いた小川芋銭などの日本画家の作品を所蔵しています。
作品紹介
《落葉》菱田春草
茨城県近代美術館 HPより
菱田春草の《落葉》と題された作品は、5点存在しています。
「朦朧体」という表現技法を用いて、自然の雰囲気や光の拡散を捉えようとしています。
朦朧体(もうろうたい)
- 湿潤な空気や拡散する光を描写するのに非常に効果的です。
- 特に「朝もや」や「夕暮れ」といったモチーフの表現に適しています。
- 色彩のぼかしを多用するため、描けるモチーフには制約があります。
- 屏風の端には櫟(くぬぎ)や欅(けやき)などの落葉する大樹があり、そのリアルな表現が特筆されています。
- また、中央に特徴的な葉を持つ柏(かしわ)と杉(すぎ)が配置され、これらが景観に深みを加えています。
- 地面の落葉は散りばめられ、林の奥行きは霧によってぼかされていて、遠くの雑木林を想像させるような効果を生み出しています。
- さらに、山雀(ヤマガラ)や四十雀(シジュウカラ)といった鳥達が、画面にアクセントを加えています。
- 装飾的な要素として、葉にリアルに描かれた虫食い穴など、細部にわたるリアリズムが認められます。
- 木々の幹や枝には輪郭線ではなく色彩だけで特徴を捉え、立体感や空気感まで表現している点が強調されています。
- これらの技法により、限られた対象を用いながらも、雑木林全体の雰囲気を巧みに描き出されています。
西洋画の一般的な遠近法や日本画の明確な輪郭線を避けて、代わりに色づかい、樹木の配置や落葉の散り具合によって空間の深みや自然な奥行き感を表現しようとした春草の工夫を表しています。
《画家について》
菱田春草は、日本画の近代化に貢献した重要な画家の一人です。
1874年(明治7年)、長野県旧飯田藩士の家に生まれました。
明治時代の後半から活動を開始し、岡倉天心の指導のもとで、横山大観らとともに日本画の新しい理想を追求しました。
東京美術学校(現・東京芸術大学)での学びの中で、春草はその傑出した才能を発揮し、卒業後は同校で教鞭を執るまでに至りました。
春草は、東京美術学校騒動をきっかけに校長の岡倉天心と共に辞職し、日本美術院の創立に参加しました。
新しい日本画表現の可能性を探求し、ほとんど色彩のぼかしによる「朦朧体」の表現を試みました。
春草はこの朦朧体の限界に挑み続け、色彩と線の表現を統合することで、近代の日本画と呼ぶにふさわしい作品を生み出しました。
彼の功績は、日本画の伝統を守りながらも、新しい表現方法を取り入れたことにあります。
春草は、病に倒れて療養を余儀無くされ、その小康状態の時に「落葉」は制作されました。
春草は1911年に早世しましたが、彼の短い生涯と画業は日本画の歴史において重要な位置を占めています。
10代の頃に、私の地元、熊本県立美術館にて、《落葉》(永青文庫蔵)を初めて観ました。
それから、様々な美術館で、この作品群を観覧する機会があるたびに、
静謐な自然の空間に、心惹かれます。
今回ご紹介している作品を含め、福井県立美術館や滋賀県立近代美術館等に収蔵されており、未完成の作品を含めてその芸術性を今に伝えています。
アクセス
住 所:〒310-0851 茨城県水戸市千波町 東久保 666−1
利用案内
開館時間
9:30~17:00 ※入場は16:30まで
休館日
月曜日、年末年始(12月29日~1月1日)
※月曜日が祝日の場合は開館し、翌火曜日に休館となります。
※今月の休館日はカレンダーをご参照ください。
※なお、GW中(4月29日(土)~5月5日(金))、茨城県民の日(11月13日(月))および水戸の梅まつり期間中の企画展開催期間は無休
観覧料
料金は展覧会ごとに異なります。
※詳細はHPをご確認下さい。
茨城県天心記念五浦美術館
茨城県天心記念五浦美術館は、1996(平成9)年11月8日に開館しました。
近代日本美術の発展に貢献した岡倉天心の業績を顕彰するとともに、横山大観をはじめとする彼に従って五浦に移住した日本画家「五浦の作家」たちの作品を公開しており、美術教育や市民活動の拠点としても機能しています。
建物設計は、建築家:内藤 廣によるものです。
美術館にはカフェテリアやミュージアムショップも設置されており、観光客は展望ロビーから五浦海岸の美しい景色を楽しむこともできます。
茨城県天心記念五浦美術館は、茨城県北茨城市の太平洋を一望できる五浦海岸に位置しています。
五浦海岸 六角堂(いづらかいがん ろっかくどう)
六角堂は、茨城県北茨城市にある岡倉天心が設計した建築物で、五浦海岸の美しい景観の中に位置しています。
1905(明治38)年に、天心自らが居宅の近くの断崖に建てたもので、朱塗りの建物は太平洋に突き出した岩上に建っています。
ここで、天心が波の音を聞きながら思索にふけったと言われています。
天心亡き後、六角堂は茨城大学の管理となり、日本の美術界における一種の聖地としての役割を果たしてきました。
2011(平成23)年の東日本大震災で、六角堂は津波によって大きな被害を受けて失われましたが、その後再建され、現在は「茨城大学五浦美術文化研究所」として管理されています。
再建された六角堂は、海側に窓があり、各地から取り寄せた建築材料で復元されました。
訪れる人々には、豊かな自然と共に美術や歴史の研究が行われる場として知られています。
岡倉天心記念室
天心記念五浦美術館内の「岡倉天心記念室」では、岡倉天心の業績や五浦の作家たちの作品を紹介しています。
作品紹介
《旧岡倉天心邸書斎復元障壁画》荒井 経(あらいけい)
明治38(1905)年に建てられた五浦の岡倉天心邸は、現在、茨城大学五浦美術文化研究所により管理されています。
茨城県天心記念五浦美術館 HPより
しかし、当時の建造物が全て残っているわけではなく、天心没後の改築によって、天心書斎、それに隣接する基子夫人の居室は取り壊されています。
旧天心邸を知る者たちの証言によれば、かつてこの空間は横山大観、菱田春草の手による障壁画が飾られていたそうですが、今日では一部の付書院板絵(茨城大学五浦美術文化研究所蔵)を除き散逸しています。
当館では、数年前よりこの障壁画の復元を計画し、令和2(2020)年よりプロジェクトを本格始動させました。
復元に向けての足がかりとなったのは、近年発見された障壁画の小下図(個人蔵)です。
障壁画は杉や竹を描いたものであったという当時の証言と、小下図のモチーフが一致し、また現存する付書院板絵とも図柄が酷似することから、この小下図が天心邸のものと推定でき、復元の大きな根拠となりました。
当館では、東京藝術大学大学院教授の荒井経氏と協力しながら小下図と現存板絵の顔料分析を実施し、その結果をもとに荒井氏が障壁画を復元しました。
荒井経先生は、当時の画材を分析し、図柄や寸法などを検討されました。
描写の面ではモチーフとなった竹、杉、菊それぞれの筆遣い、金泥と墨のバランスに加え、再現に不可欠な紙などの選定に苦労したそうです。
木立の手前に杉の若木を配した襖絵の構図は、菱田春草が描いた《落葉》に通じます。
中央部にある金色のボーダーラインの意味は未だ不明ですが、岡倉天心の奇抜な発想のもとに大観や春草が試行錯誤した様子がうかがえ、「今後の研究の手掛かり」とみられます。
復元障壁画は、企画展「おいでよ!花鳥画の世界」会場内特設スペースで2024年4月17日まで展示、
その後、岡倉天心記念室内での常設展示を計画されています。
自宅の書斎に名画があることを想像してみました。
心が平穏になるのでしょうか。それとも身が引き締まる思いがするのでしょうか。
また、復元されていく過程に大変興味が湧きました。
アクセス
住 所:〒319-1702 茨城県北茨城市大津町椿2083
利用案内
開館時間
午前9時30分~午後5時
※入館は午後4時30分まで
休館日
月曜日(祝日・振替休日の場合は翌日休館)
※くわしくはカレンダーでご確認ください。
観覧料
企画展ごとに設定
岡倉天心記念室
一般 | 190円(150円) |
---|---|
満70歳以上 | 90円(70円) |
高大生 | 120円(80円) |
小中生 | 80円(50円) |
企画展入館料で岡倉天心記念室もご覧いただけます。
上記の( )内は20名以上の団体料金です。事前予約はこちら(PDF) >>
「日本画の魅力を堪能する!ぜひ行きたい〈北関東〉の美術館」のまとめ
群馬県立近代美術館
群馬県立近代美術館は、群馬県ゆかりの作家や「戸方庵井上コレクション」を始め、国内外の重要な美術作品を展示している美術館です。
栃木県立美術館
栃木県立美術館は、栃木県を代表する美術館で、日本の近現代美術の名作や地元ゆかりの作家の作品を幅広く展示しています。
茨城県近代美術館
茨城県近代美術館は、茨城県の近代から現代に至る美術作品を収蔵・展示し、地域の文化発展に貢献している美術館です。
茨城県天心記念五浦美術館
茨城県天心記念五浦美術館は、日本画の父と言われる岡倉天心の業績を顕彰し、その作品と関連資料および教え子にあたる五浦の作家達の作品を展示する美術館です。
今回ご紹介した北関東地方の美術館は、日本画の奥深い世界を探求するための絶好の場所と言えます。
それぞれの美術館が提供する展覧会を訪れることで、日本画の魅力をさらに深く理解することができます。
これらの美術館を訪れることで、明治以降の日本画の原点とその発展する過程を深く理解することができます。
この機会に、北関東の美術館で日本画の魅力を堪能し、日本の伝統的な美術形式の美しさとその力強さを体感してください。
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