関東地方には、多くの著名な日本画家の作品を所蔵している美術館があり、古今の日本画が豊富に展示されています。
今回は、関東地方の中・南部3県(埼玉・千葉・神奈川)のおすすめの美術館をいくつかピックアップし、それぞれの特色に注目して、あなたの旅を計画する手助けをします。
日本画の精緻なディテールと繊細な色使いを近くで感じることで、日本の美術とその深い歴史に触れることができるでしょう。
埼玉県立近代美術館
埼玉県立近代美術館は、埼玉県出身及び在住の作家や作品を中心に展示している美術館です。
埼玉県立近代美術館は、埼玉県さいたま市の浦和北公園内にある美術館です。
美術コレクション
埼玉県立近代美術館は、国内外初め、埼玉県ゆかりの作家など多くの美術品を所蔵しています。
作品紹介
《長江晴楼図(ちょうこうせいろうず)》橋本雅邦(はしもと がほう)
埼玉県指定有形文化財
「長江」は長い流れの大河を意味し、中国の「揚子江(ようすこう)」の別称として使われています。
埼玉県立近代美術館 Facebookより
本作は、高士が楼閣から、漁に出ている数隻の小舟を眺める光景を描いた作品です。
前景の樹木や建物の表現における線の抑揚や墨の濃淡の妙には、狩野派の俊才であった雅邦の技量の確かさと格調の高さがうかがえます。
一方、中景の川面と遠景の山並み等は淡く墨をぼかすことによって遠近感を表しています。
北宗系漢画をもとにしつつ広大な空間表現がなされており、日本絵画の革新を目指した雅邦の意欲が現れた作品です。
長江の雄大な景観とそこに建つ晴楼(せいろう)と呼ばれる観賞用の建築物を題材にしています。
雅邦は、遠くに広がる長江の流れと、その前景にある晴楼を通して、中国の風景を独特の視点から捉えています。
- 作品には、細やかで緻密な線描により、晴楼の精緻な建築様式が描かれており、その構造の美しさが際立っています。
- 晴楼は、静謐な自然の中に設えられ、瞑想や自然観賞の場としての役割を果たしていることが想像されます。
- 建物の周囲には樹木が生い茂り、その繊細な葉の一枚一枚まで丁寧に描かれており、風景画に深みとリアリティを与えています。
- 背景には、霞がかった遠景が広がり、その微妙なグラデーションが遠近法を駆使して表現されています。
これにより、視覚的に広大な長江の流れを感じさせ、景観の広がりと空間の奥行きを効果的に描写しています。 - また、水面に浮かぶ小舟が生活の営みを暗示しており、静寂ながらも生き生きとした風景が伝わってきます。
- 橋本雅邦のこの作品は、中国風景を日本画の手法で描きながらも、独自の解釈を加え、東洋の美意識を色濃く反映しています。
彼の描く風景は、単なる自然の描写を超えて、そこに住む人々の文化や歴史、そして詩情を感じさせるものとなっています。
雅邦の筆致からは、東洋の自然と人間との調和の美が感じられます。
「長江晴楼図」は、日本画における風景表現の傑作として評価されています。
墨だけで、景色の色や空気感、湿度まで想像できるような表現に、深い感銘を受けました。
この作品は、見る者に対し静かな語りかけとも言える繊細な筆のタッチで、風景の持つ情緒を見事に伝えています。
アクセス
住 所:〒330-0061 埼玉県さいたま市浦和区常盤9丁目30−1
利用案内
開館時間
10:00~17:30 (展示室への入場は17:00まで)
※資料閲覧室(3階)は、火、木、土曜日の13:00~17:00
休館日
月曜日(祝日または県民の日の場合は開館)
年末年始、メンテナンス日
観覧料
料金は展覧会ごとに異なります。
※詳細はHPをご確認下さい。
川越市立美術館
川越市立美術館は、埼玉県川越市の川越城二の丸跡にある美術館です。
建物外観は、蔵造りの町並みが風情を醸し出す小江戸川越を象徴するような蔵造り商家のイメージを取り入れたデザイン設計となっています。
川越市立美術館では、川越ゆかりの日本画家の作品を見ることができます。
美術コレクション
川越市立美術館は、川越ゆかりの日本画家の作品を所蔵しています。
作品紹介
《牽牛花(けんぎゅうか)》小茂田 青樹(おもだ せいじゅ)
アートアジェンタより
牽牛花(けんぎゅうか)は、朝顔の花の別名です。
朝顔の花は写実に基づいているが、葉についてはその向きが表にしろ裏にしろ、すべて意図的に正面に向くように再構成されています。
川越市立美術館 2022年小茂田青樹展図録より
風景画から花鳥画に、写実表現に装飾性を取り混ぜるような、青樹のキャリア中盤からの画風の方向性を示す、転記となる重要な作品です。
この絵は、花の柔らかな透明感と生命力に満ちた牽牛花(あさがお)を題材にしており、彼の洗練された筆使いと色彩感覚が光る一枚です。
- 画面は牽牛花(あさがお)の豊かな緑の葉と、その中に咲く色とりどりの花々です。
- 葉の一枚一枚には繊細な陰影が施され、自然光のもとでのふくらみや質感がリアルに表現されています。
- 花の色は鮮やかで、その優美な形状と軽やかな花弁が、見る者の目を楽しませます。
- 背景は意図的に抑えられており、視覚的な静けさの中で花々が際立っています。
これにより、牽牛花(あさがお)の繊細さと生命感が強調され、静謐ながらも活力ある一瞬が捉えられています。 - 花の赤や青、紫といった色を巧みに配し、自然の中の花々が持つ生命力と美しさを称えています。
この絵からは、小茂田青樹の自然観と、日本画の伝統的な美意識が見事に融合していることが伺えます。
この作品「牽牛花」は、日本の夏を象徴する花を通じて、季節の移ろいと自然の美しさを表現しており、その繊細かつ力強い生命表現が観る者に深い印象を与えます。
構図と配色の巧みな構成が、自然の美しさを際立たせていて、
その洗練された表現に感嘆します。
アクセス
住 所:〒350-0053 埼玉県川越市郭町2丁目30−1
利用案内
開館時間
午前9時から午後5時(入場は午後4時30分まで)
休館日
- 月曜日(休日の場合は翌火曜日)
- 年末年始(12月29日から1月3日)
- 特別整理期間
観覧料
料金は展覧会ごとに異なります。
※詳細はHPをご確認下さい。
千葉県立美術館
千葉県立美術館は、千葉ポートパーク内にある美術館です。
美術コレクション
千葉県立美術館は、千葉県にゆかりのある作家の作品と関係資料や、ミレーなどバルビゾン派の作品などを収集しています。
日本画では、石井林響(いしい りんきょう)や東山魁夷などの作品が見られます。
作品紹介
《木華開耶姫(このはなさくやひめ)》石井林響(いしい りんきょう)
絹・着彩 115.0×60.0(cm)1906(明治39)年
千葉県指定有形文化財
この作品は、日本神話に登場する木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)を描いています。
木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)は桜の花を意味する「木花」という名を持ち、その名の通りの美しさを持つ神様です。
天照大神の孫である瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)によって選ばれ、結ばれたことから、縁結びの神としての信仰を集めています。
そして、一夜にして妊娠したことで夫の疑念を買い、その疑いを晴らすために火中でもひとりたくましく三つ子を出産したという神話から、彼女を安産や子宝の神として祀る信仰へと繋がっています。
画面では、姫の繊細な美しさと優雅さが際立ち、彼女の装束や髪飾りからは神聖な雰囲気が漂います。
一方で、瓊瓊杵尊は、武人としての気品が感じられます。
- この絵は、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の視線が、木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)のふっくらとしたお腹に向けられていることから、木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)が一夜にして妊娠したという逸話の緊張感ある場面を描いていると解釈することができます。
- 瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の表情は疑念を抱えているように見え、一方で木花開耶姫命は落ち着いた威厳と美しさを保ちながらも、夫の疑いに対して困惑している表情に見えます。
- 周囲の人物たちの表情や姿勢からも、この神話の重要な場面の緊迫感が伝わってきます。
- 絵画の細部には、日本画の伝統的な技法が見られ、服装や装飾の繊細な描写が、登場人物の社会的地位や役割を象徴しています。
石井林響は、この神話の核心的な場面を、情感豊かに、そして劇的に表現することに成功しており、観る者に強い印象を残す作品となっています。
この作品における装束の美しさと、人物の静かな表情からも読み取れる複雑な感情に魅了されます。
また、緊迫した物語の一幕が巧みに表現されており、そのドラマチックな場面に引き込まれます。
アクセス
住 所:〒260-0024 千葉県千葉市中央区中央港1丁目10−1
利用案内
開館時間
午前9時~午後4時30分(有料展示場の入場は午後4時まで)
休館日
月曜日(ただし、月曜日が祝日・振替休日に当たるときは開館し、翌日休館)
年末年始
臨時休館日
観覧料
料金は展覧会ごとに異なります。
※詳細はHPをご確認下さい。
市川市東山魁夷記念館
市川市東山魁夷記念館は、20世紀の日本を代表する日本画家、東山魁夷が生涯の大半を過ごしたゆかりの地である千葉県市川市に、2005年11月に開館しました。
市川市東山魁夷記念館は、魁夷が生前過ごしていた自宅に隣接して建てられています。
邸宅は、魁夷の同級生、建築家の吉村順三が設計しました。
※こちらは非公開です。
東山魁夷が留学したドイツに影響を受けた西洋風の外観で、六角塔が目印です。
屋根の上には、東山魁夷が描いた白い馬のモチーフがあります。
魁夷は、風景の中に一頭の白い馬がいる作品を複数描いています。
この作品群は、《白馬シリーズ》と呼ばれていて、魁夷の作品を象徴するものです。
information
この記念館では、東山魁夷の生涯と芸術を多角的に紹介しています。
《常設展示》
- 東山魁夷の代表作や初期作品、スケッチなど約100点を展示しています。
- また、東山魁夷が使用した画室や書斎なども再現されており、その生活や人柄に触れることができます。
《企画展示》
- 東山魁夷と関係の深い作家やテーマに沿った展覧会を開催しています。
作品紹介
緑映(りょくえい)
紙本彩色 1988(昭和63)年
「緑映」は、長野県の蓼科高原にある「御射鹿池」(みしゃかいけ)を描いた作品です。
東山魁夷は、他に《緑響く》など、「御射鹿池」の風景をモチーフにした作品を複数描いています。
この作品のように、彼の作品にしばしば見られる特有の青は「東山ブルー」と呼ばれています。
この色は、彼の絵画において重要な役割を果たしており、彼の作品を特徴づけるものであります。
東山の美術における独自のスタイルと美学を象徴しています。
【東山ブルー】とは?
- 緑青や群青など、深みがありながらも穏やかで、清潔感と静謐感を漂わせる色合いです。
- 彼の絵画では、この青色を使って、空の広がりや水面の透明感、そして遠くの山並みまでを表現しています。
- この色を通じて、彼は日本の自然の美しさを際立たせ、見る者に平和と安らぎを感じさせる空間を作り出しています。
- この色彩は、彼の作品が持つ瞑想的な質感や、自然との深いつながり、そして日本の風土に根差した彼の芸術観を表現しています。
- また、日本の伝統的な色彩感覚にも通じるものがあり、和の美意識と調和しています。
東山魁夷の絵画は、この色合いを通じて、自然の静けさや美しさを捉えるとともに、それを通じて人々の心の中に余韻を残すことを目指しています。
彼の作品は、単なる風景を超えて、自然と人間の内面世界との対話を描き出しているのです。
深い青と緑のトーンで表現されたこの絵は、東山がよく用いた「自然の美」を捉えるテーマを象徴しています。
- この作品は、池の静かな水面に背景の山の木々が鏡のように映し出されている幻想的な風景を描いていて、鑑賞者に心の安らぎを与えます。
- 東山は、水面の静けさとそれに映る風景の美しさを捉えることで、内面の平穏や瞑想的な空間を作り出しています。
- 彼の画風は、シンプルながらも深い感情や精神性を表わしています。
- 色のグラデーションが非常に繊細で、光と影と、自然の多様性と複雑さを表現しています。
- 絵の全体的な雰囲気は静かで穏やかですが、その中には強い生命感と自然への畏敬の念が感じられます。
「緑映」は、日本の自然に対する深い敬愛と、そこから得られる精神的な充足感を巧みに表現した作品です。
東山魁夷の他の多くの作品同様、自然界との深い繋がりを感じさせ、静寂の中での洞察を促します。
澄んだ空気と静寂な世界にに引き込まれます。
ずっと佇んでいたいような風景です。
市川市東山魁夷記念館は、日本画の巨匠、東山魁夷の作品や人生を知ることができる美術館です。
市川市にお越しの際は、ぜひ訪れてみてください。
アクセス
住 所:〒272-0813 千葉県市川市中山1丁目16−2
利用案内
開館時間
午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日
- 月曜(祝日・休日にあたる時は開館し、翌平日が休館)
- 年末年始
- 展示替期間
観覧料
料金は展覧会ごとに異なります。
※詳細はHPをご確認下さい。
横浜美術館
横浜美術館は、神奈川県横浜市のみなとみらいの真ん中、グランモール公園を通り抜けたところにある美術館です。
建物は、建築家:丹下健三により設計されました。
横浜美術館では、近現代の日本画や洋画などを見ることができます。
美術コレクション
横浜美術館は、横浜が開港した19世紀後半から現代にかけての作品を幅広く所蔵しています。
特に、横浜市の文化と芸術の発展に深く関わる貴重なコレクションを持っています。
この美術館は、特に日本の近代美術の重要な作家たちの作品を集めており、その中心には、横浜を代表する名園・「三溪園」の創設者であり、古美術の熱心なコレクターでもあった実業家・原三溪の存在があります。
原三溪は、横浜生まれの著名な思想家・岡倉天心を師とし、天心の理念に共鳴する同時代の芸術家たちを支援しました。
横浜美術館のコレクションには、横山大観、菱田春草、今村紫紅といった天心の影響を受け、また三溪の支援を得た芸術家たちの作品が含まれています。
これらの作家たちの作品は、日本の近代美術の歴史において重要な位置を占めており、横浜美術館はこれらの芸術家たちの業績を広く伝えるために、積極的に収集活動を行っています。
特に、三溪に庇護され、横浜に居を構えた下村観山に関しては、横浜美術館が世界で最も充実したコレクションを保有しているといえます。
観山の作品と関連資料は、横浜美術館のコレクションの中でも特に際立った存在であり、彼の芸術世界を深く理解する上で貴重な資源となっています。
横浜美術館では、これらの芸術家たちの作品を通じて、日本の近代美術の多様性と豊かさを示し、訪れる人々に美術の深い魅力を伝えています。
横浜の地に根ざしたこれらのコレクションは、芸術家たちの創造的な精神と時代を超えたメッセージを現代に伝えるものであり、美術館を訪れる全ての人にとって貴重な体験となるでしょう。
日本画や日本画関係の資料等は約1,600点が所蔵されています。
作品紹介
《小倉山(おぐらやま)》下村 観山(しもむら かんざん)
横浜美術館 HPより
百人一首に次のような歌があります。
横浜美術館 HPより
小倉山 峰のもみじ葉 心あらば いまひとたびの みゆき待たなむ
平安時代の貴族で亡くなったあと「貞信公」と呼ばれた藤原忠平が、この歌をよみました。
京都小倉山のもみじに感動した宇多上皇(醍醐天皇の父)の思いに心よせた歌です。
観山はこの歌に着想を得て《小倉山》を描いたと考えられます。
画面右の人物は歌をつくる貞信公その人です。
左には貞信公が目にする木々を描いたのでしょうか。
観山の師である岡倉覚三(天心)は、色鮮やかな木々を金の地に描くことに観山のねらいがあると指摘しました。
この作品は、日本古来の美を色濃く反映した絵画です。
平安時代の貴族、藤原忠平が詠んだ百人一首の一篇からインスピレーションを受けたとされ、その歌は宇多上皇の感慨深い思いを共感し表したものです。
この歌が詠まれた小倉山の紅葉の美しさが、再現されています。
- 画面右の人物は、その歌を詠んだ貞信公自身を表しており、左側の風景は彼が見たであろう小倉山の自然を表現しています。
- 豊かな色彩と金の地が用いられたことで、秋の紅葉の鮮やかさと贅沢な輝きを際立たせ、常緑の松が織り成す豊かな自然のコントラストを見ることができます。
観る者に当時の貴族が享受した秋の風情を想起させます。
観山の師である岡倉覚三(天心)が指摘したように、色彩の鮮やかさと金の背景の使用は、観山が目指した表現の核心をなしています。
この画法は、季節の移ろいを神聖化し、自然の一部としての人間を表す日本画の伝統的な美意識を象徴しています。
観山の筆によって、平安時代の貴族の精神風景が現代に息づく「小倉山」は、古典文学と絵画芸術が融合した傑作として、今もなお人々を魅了しています。
この絵は、自然の中に静謐で雅な世界を描き出し、
紅葉の鮮やかで繊細な美しさと歴史の息吹を感じさせてくれます。
アクセス
住 所:〒220-0012 神奈川県横浜市西区みなとみらい3丁目4−1
利用案内
開館時間
10時~18時(入館は閉館の30分前まで)
休館日
月曜日(月曜日が祝日の場合は開館し、翌平日休館)
年末年始(12月28日~1月4日) ※年によって変更になる場合があります。詳しくはお問合せください。
展示替え期間
観覧料
木曜日、年末年始
※開館日・時間は展覧会によって異なる場合がございます。
※詳細はHPをご確認下さい。
「日本画の魅力を堪能!おすすめの美術館 関東〜中・南部〜」のまとめ
今回ご紹介した関東中・南部3県の美術館は、日本画の奥深い世界を探求するための絶好の場所と言えます。
それぞれの美術館が提供する展覧会を訪れることで、日本画の魅力をさらに深く理解することができます。
関東は日本画の宝庫であり、歴史的な背景や技法を学びながら、芸術の世界に浸ることができます。
この機会に、関東中・南部3県の美術館で日本画の魅力を堪能し、日本の伝統的な美術形式の美しさとその力強さを体感してください。
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